AI面接で表情を分析してよいのか — 米国の訴訟と、日本で確認すべきこと
公開: 2026/08/19 執筆: QRUU 編集部
米国マサチューセッツ州で、動画面接ツールが応募者の表情や声の抑揚をAIで分析していたとして、応募者が採用企業を訴えました。根拠になったのは、AIを対象にした新しい法律ではなく、嘘発見器を採用に使うことを禁じた古い州法です。この訴訟で被告になったのはツールを作った会社ではなく、それを選考に使った企業でした。日本には同じ州法はありませんが、確認しておくべき論点は共通しています。
米国で何が争われたのか
2023年、マサチューセッツ州の大手小売チェーンCVSに応募した男性が、同社を相手に集団訴訟を起こしました。マサチューセッツ州連邦地方裁判所の判決文(Baker v. CVS Health Corporation et al., 事件番号23-11483、2024年2月16日)で、経緯を確認できます。
原告は2021年1月ごろ、同社のサプライチェーン職に応募しました。選考では動画面接ツールが使われ、「あなたにとって誠実さとは何ですか」「誰かが試験で不正をしているのを見たらどうしますか」といった質問に、録画されながら答える形式でした。
訴状によれば、録画は第三者の感情分析エンジンに送られ、応募者の表情・視線・声の抑揚・イントネーションがAIで分析されていました。その結果は数値の「employability score(採用適性スコア)」として採用企業に渡されていた、とされています。ツール側は、応募者が「生来の誠実さと名誉の感覚を持っているか」を判定でき、「嘘の検出」や「話を盛る応募者のふるい落とし」に役立つ、と説明していたと訴状は述べています。
なお、これらは訴えを起こした側の主張であり、裁判所が事実として認定したものではありません。裁判所は申立てを判断する段階で、原告の主張を一応正しいものとして扱っただけです。
訴えられたのは、ツールを作った会社ではなく、使った会社だった
この訴訟で被告になったのは、動画面接ツールの提供元ではありません。そのツールを選考に使った採用企業です。応募者は「自社に応募した相手」を訴えており、ツールベンダーは被告に含まれていません。
ツールの機能として何ができるかを説明したのは提供元でしたが、それを自社の選考プロセスに組み込み、応募者に受けさせたのは採用企業です。責任を問われたのは後者でした。採用ツールを検討するときに、この点はおさえておく価値があります。「ベンダーが大丈夫だと言っている」ことと、自社が説明責任を負わないことは、別の話です。
この記事ではツールの提供元名を書きません。論点は特定の製品の良し悪しではなく、応募者の表情や感情をAIに評価させるという手法そのものにあるからです。
根拠になったのは、AIを対象にした法律ではなかった
原告が持ち出したのは、AI規制の新法ではありません。マサチューセッツ州法149章19B条、いわゆる嘘発見器規制です。この州法は、雇用の条件として嘘発見器の検査を受けさせることを禁じています。
条文が「嘘発見器の検査」をどう定義しているかが、この訴訟の勘所です。ポリグラフだけを名指ししているのではなく、「ポリグラフその他の装置、機構、器具または筆記による検査であって、欺瞞の検出、真実性の確認、または個人の誠実性に関する診断的意見を示すことを目的として運用され、またはその結果が用いられ解釈されるもの」と書かれています。装置の種類を限定していないので、条文が書かれた当時に存在しなかった技術にも文言の上では届きます。
同条には、州内の求人応募書類すべてに「マサチューセッツ州では、雇用の条件として嘘発見器の検査を要求または実施することは違法です」という告知を、はっきり読める形で載せることも定められています。さらに、違反によって被害を受けた者は自ら訴えを起こすことができ、賃金等の損失については3倍額の賠償を求められる、という規定もあります。
裁判所は何を判断し、何を判断しなかったのか
ここは誤解されやすいところなので、判決文の記述にそって整理します。裁判所は「AI面接は嘘発見器にあたる」と判断したわけではありません。
判決文は、被告側がその点を争っていないと明記しています。企業側が却下を求めたのは3つ目の請求、つまり「応募書類に法定の告知がなかった」という手続き部分だけでした。争点は、告知の規定について個人が訴える権利があるのか、原告に訴えの資格があるのか、の2点です。裁判所はどちらの申立ても退け、審理を先に進めました。
つまりこの訴訟では、「AI面接が嘘発見器にあたるか」という一番大きな問いは、正面から判断されないままでした。企業側がそこを争わなかったからです。その後この訴訟は和解で終わっており、判決による決着はしていません。和解の条件は公表されていません。
「裁判で負けた」と一言でまとめると実態からずれます。起きたことは、AIを名指ししていない古い州法が現代の動画面接に届きうると示され、企業側がその土俵で争うことを選ばなかった、ということです。導入側から見れば、判決が出なかったこと自体はあまり安心材料になりません。
表情分析は、提供元の側でも止まっている
この訴訟で使われていた動画面接ツールの提供元は、表情分析の利用を2020年3月に停止し、2021年1月に公表しています。理由として説明されたのは、自然言語処理の精度が上がった結果、映像の分析が評価に加える価値がほとんどなくなった、というものでした。
注目すべきは、やめた理由が「批判されたから」だけではない点です。分析の対象として映像を足しても、予測の精度がほとんど上がらなかった、というのが説明の中身でした。表情分析は、法的に危ういだけでなく、費用対効果の面でも割に合わなかったということになります。
ここで時系列に注意が必要です。提供元が説明している停止時期は2020年3月で、原告が応募したのは2021年1月ごろです。つまり訴状の主張と、提供元が公表している時期は食い違っています。この点は訴訟で決着していないので、どちらが正しいかを本記事は断定しません。
ただし、映像の分析をやめても、音声や話し方の分析が残っていれば論点は消えません。何を分析対象から外したのかは、機能名ではなく実際の処理内容で確かめる必要があります。
欧州は2025年2月から、職場での感情推定を禁止した
欧州連合のAI法(Regulation (EU) 2024/1689)は、第5条1項(f)で「職場および教育機関の領域において、自然人の感情を推定するAIシステム」を、医療上または安全上の理由による場合を除いて禁止しています。禁止規定を含む第2章は、第113条(a)により2025年2月2日から適用されています。
ここでいう感情推定システムは、生体データにもとづいて感情や意図を識別・推定するものと定義されています。幸福、悲しみ、怒り、驚き、嫌悪、当惑、興奮、羞恥、軽蔑、満足、面白さといった感情が例示されています。痛みや疲労といった身体的な状態はここに含まれません。
禁止は「高リスクだから条件付きで使ってよい」という区分ではなく、原則として禁止される行為の側に置かれています。採用選考は職場に関する領域として扱われます。日本企業でも、欧州で採用活動を行う場合は直接関係します。
日本ではどう考えるか
日本には、嘘発見器の採用利用を正面から禁じる法律も、EUのAI法にあたる包括的な規制もありません。ただし、確認しておくべき論点は3つあります。
- 個人情報保護法。顔写真そのものは通常の個人情報ですが、顔の容貌を認証のために数値化した特徴量は「個人識別符号」として、より厳格な扱いを求められます。写真を保存することと、顔を解析して特徴量を作ることは、法的に別の段階です。
- 公正な採用選考の考え方。厚生労働省は、採用選考を応募者の適性と能力にもとづいて行うことを求めています。表情や態度の印象を評価に反映させる仕組みは、この考え方との整合を説明できる必要があります。
- 越境移転。分析処理が海外の事業者で行われる場合、外国にある第三者への個人データの提供にあたります。応募者への説明と同意の設計が必要になります。
規制の有無より先に来る問いもあります。応募者から「どうやって評価したのですか」と聞かれたときに、答えられるかどうかです。表情のスコアが結果に効いていた場合、その説明は簡単ではありません。
導入前に確認する5つのこと
AI面接ツールを検討するとき、この論点については次の5つを確認しておくと、あとから困りません。機能一覧ではなく、実際に何が処理されるかを聞くのが要点です。
| 確認すること | 確認の仕方 | 望ましい答え |
|---|---|---|
| AIが受け取るデータは何か | 映像・音声・会話のテキストのうち、評価する側のAIに実際に渡るものを聞く | 渡るものが明確に説明でき、範囲が限定されている |
| 表情・視線・声の分析を行うか | 機能名ではなく「顔の特徴量を作るか」「感情を推定するか」で聞く | 行わない。行う場合は根拠と精度の説明がある |
| 評価の根拠を示せるか | 評価レポートに、応募者の発言の引用が入るかを見る | スコアだけでなく、根拠になった発言が示される |
| 処理はどこで行われるか | 分析の委託先と、データの保存先の国を聞く | 委託先が開示され、越境移転の扱いが説明されている |
| 最終判断は誰が行うか | AIのスコアだけで不合格にできる設定があるかを見る | 人が判断する。自動で不合格にしない |
ツールの選び方全般はAI面接ツールの選び方で整理しています。一次面接をどこまで任せられるかは一次面接を自動化する方法をご覧ください。
QRUUの場合
QRUUは、応募者の表情・視線・容姿の分析を行いません。機能として提供していないだけでなく、評価を行うAIに映像が渡らない構造になっています。AIが受け取るのは会話のテキストで、そこから読み取れないことを評価の根拠にしないよう指示しています。
履歴書に顔写真が含まれる場合、写真は採用担当者が画面で見るためのものとして扱い、応募者と求人のマッチング判定には渡していません。年齢・性別・国籍・住所・出身地・家族・婚姻・健康状態も同じ扱いです。顔の特徴量を作る処理も行いません。
評価レポートには、根拠にした応募者の発言をそのまま引用するようにしています。「明瞭」「丁寧」「好印象」「ハキハキ」といった、話し方の印象を表す言葉を評価の根拠に書かないことも、あわせて指示しています。評価するのは、何を話したかの中身です。
面接中の記録として、回答までの待ち時間や画面から離れた回数といった行動の情報は残します。これは面接官が状況を把握するための補足で、自動で不合格にする仕組みではありません。本人確認やなりすましの判定は行っていません。
録画データは東京リージョンに保存しています。合否の判断は採用担当者が行い、AIの評価は参考情報として提供しています。
この記事のまとめ
米国の訴訟が示したのは、AIを名指ししていない古い法律でも、現代の採用手法に届きうるということでした。そして訴えられたのは、ツールを作った側ではなく使った側でした。
欧州は職場での感情推定を明確に禁止しました。表情分析の提供元自身も、映像の分析が評価に加える価値は小さいと判断してやめています。法的なリスクと得られる精度を並べたとき、この手法は割に合わなくなってきています。
この記事は制度と事例の紹介です。個別の対応方針については、弁護士や社会保険労務士などの専門家にご相談ください。
よくある質問
- 米国の裁判所は、AI面接を嘘発見器だと認定したのですか?
- いいえ。判決文によれば、被告となった採用企業は「嘘発見器にあたるか」という点を争っていません。企業側が却下を求めたのは、応募書類に法定の告知がなかったという手続き部分だけで、裁判所はその申立てを退けました。その後この訴訟は和解で終わっており、AI面接が嘘発見器にあたるかどうかについて判決は出ていません。
- 訴えられたのは、AI面接ツールの提供元ですか?
- いいえ。被告になったのは、そのツールを選考に使った採用企業です。ツールの提供元は被告に含まれていません。ツールの機能を説明したのは提供元でしたが、自社の選考に組み込んで応募者に受けさせたのは採用企業でした。
- 日本でも、AI面接で表情を分析すると違法になりますか?
- 日本には嘘発見器の採用利用を正面から禁じる法律も、EUのAI法にあたる包括的な規制もありません。ただし、顔の容貌を認証のために数値化した特徴量は個人情報保護法の「個人識別符号」にあたり、厳格な扱いが必要です。また厚生労働省は採用選考を応募者の適性と能力にもとづいて行うことを求めており、表情の印象を評価に反映させる仕組みはこの考え方との整合を説明できる必要があります。個別の判断は専門家にご相談ください。
- QRUUは応募者の表情を分析していますか?
- 行っていません。評価を行うAIに映像が渡らない構造になっており、AIが受け取るのは会話のテキストです。履歴書の顔写真も採用担当者が見るためのもので、マッチング判定には渡していません。顔の特徴量を作る処理も行いません。
参考にした一次情報
- Baker v. CVS Health Corporation et al.(マサチューセッツ州連邦地方裁判所 判決文・事件番号23-11483・2024年2月16日)米国政府出版局(GovInfo)
- Regulation (EU) 2024/1689(EU人工知能法)第5条1項(f)・第113条EU官報(EUR-Lex)
- 公正な採用選考の基本厚生労働省
- 個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)個人情報保護委員会
本記事は上記の公的な情報をもとに、採用担当者向けにかみくだいて解説しています。制度の詳細や最新の内容は、必ず出典元をご確認ください。 執筆方針は編集方針をご覧ください。